分散から集中へ

 不思議なことにその気になるといろいろと書きたいことが思いつくもので、大抵何個か連続でコメントが続くのですが、読者の方からの厳しい批判をいただくとそれについていろいろと考えることもあり、また少し書いてみたいと思います。前回少し登場した、専門学校の先生は実は資格受験対策本でかなり有名な方で、それこそ専門学校での仕事より執筆の方が忙しいというくらいの方なのですが、その方から、いろいろと批判的なコメントがつくのはそれだけ内容にインパクトがあり、受け入れたくない人が多かったり、対抗的な立場の人も多いということで、喜んで良いくらいのことですと、励ましていただきました。私自身本書は無難な内容にはしたくないという思いで、平均的な当たり障りの無い内容ではなく、偏っていても自分の考えを貫くことを目標として書きましたので、批判や反対意見はあたりまえと思っています。私自身も他人から指図されるのが嫌いですし、自分のことは自分で考えます。自分で考えるためには自分の考えと違う意見の本も重要なのです。本書はそういう役立ち方でも良いのです。

 さて、本書の批判で大抵でてくるのが、一つの技術に固執しては駄目で、幅広い技術をその場に応じて使い分けることが大切という意見だと思います。私が本書中でWEBやDBは興味が無いと書いている点などを批判していただいてます。私はWEBやDBの技術は不要とは一言も書いておらず、単に私自身がネットワークや画像処理に集中して取り組んでいるので、WEBやDBには無理してまで手を出していない、あるいは手を出さなくても十分すぎるほど仕事ができる、楽しい、と書いているだけなのですが。そういう内容では若手や新人には読ませられないとかいう意見は、逆に若い人にWEBやDBをやらねばならないという縛りをかけている気がするのは私だけでしょうか。まあそれはともかく、何でも出来る技術者が本当に必要とされていて、本人も幸せなのでしょうか?

 もちろん私の会社でもWEBやDBの仕事はたくさん依頼をいただきます。むしろボリュームとしては私の得意なネットワークの仕事より多いのです。もちろん私はそういう仕事を断るわけではありません。メンバーにはWEBが得意な人、DBが得意な人、Windowsアプリが得意な人など、人数は中小企業で少ないですが、自分のこだわりの分野を持っているメンバーたちがいます。たまたまそういうメンバーが空いていない場合でも、アドバイスを受けられるので安心してさまざまな仕事を請けさせていただきます。もちろんITの全分野を網羅するほどのメンバーはいませんので、我々がやるより他の会社さんが担当した方が良いと思う仕事はそのようにお客さんにお話します。

 もし私の会社のメンバーが、一人一人こだわっている分野が無く、誰もがそれなりに何でもできるメンバーだったとしたらどうでしょうか。お客さんは私の会社をどのように見てくださるでしょうか。確かにそういう組織の方が良い場合が無いとは言いません。たまたま急ぎの仕事で、誰でも良いからとにかく人を出して欲しい、という依頼であれば、何でもそれなりに出来るメンバーの方が役立つこともあるでしょう。しかし、私の会社のような中小企業では人数で勝負は出来ませんので、そういう仕事をあてにして待っているより、得意な分野をアピールして、お客さんに「この分野なら**さんに」という依頼を期待する方が確実で、しかも高い評価をいただける可能性が高いのです。誰でも良いからというタイプの仕事は次回もまた「**さんに」という可能性は低いでしょうし、誰でも良いから、という仕事はあまり報酬が高いことも期待できません。もちろん、いろいろな技術を使いこなせるようになるべき、とおっしゃる方のレベルとしては、誰でも良いから、というレベルではなく、この人なら何を頼んでもすばらしいから、というレベルをおっしゃっているのでしょうけれど、それはそれで一つの分野にこだわる以上に大変な努力が必要でしょうし、それでも一つの分野にこだわっている人にはその分野で勝てないでしょう。個人で仕事をするならともかく、組織で仕事をするのであれば、各自が得意な分野をよりこだわってくれるような組織でお互いに協力し合いながら対応する方がお客さんが喜んでくれることが多いというのが私の考えなのです。

 若いうちはさまざまな分野を経験した方が良いというのは正しいと思います。しかし、いつまでも自分の得意分野を決めずに来たものをやるというだけのスタイルでは、それこそ35歳定年説に当てはまってしまうでしょう。何でもそれなりにできるというレベルであれば少しでも若い人のほうが頭も柔軟ですし、単価も安いのですから。ベテランになってこそ力を発揮できるのはやはり得意分野がしっかりとある人だと思います。

 得意な分野が時代遅れになったら食えなくなるという指摘もありますが、確かにあるOSのある開発環境、という限定のしかたではそういうこともあるかもしれませんが、技術分野というレベルで突然その分野がなくなることはまずありません。たとえば以前はハードとの通信といえばシリアル通信という時代でしたが、今ではシリアル通信など一般分野ではほとんど登場しなくなったとは言え、シリアル通信の技術者が不要ということは全くなく、それどころか、シリアル通信をイーサーネットに置き換えていくための技術の提供などで重宝されているのです。仮にこの先シリアル通信がイーサーネットなどに完全に置き換わったとしても、シリアル通信の技術・知識が無駄になることはなく、イーサーネットなどもハンドシェークなどの基本的な考え方はシリアル通信と同じ技術が数多く使われていますので、さらに次の活躍が可能なのです。

 実は最近お客さんから受ける相談に、以前は他社さんに依頼していたのですが、同じ会社に依頼しようとしたところ、その会社の担当者が他の客先に常駐していて、本人が対応できない、と言われ、他の担当者に依頼するくらいなら、次回も同じ人あるいはその人とつながりのある人が担当してくれる私の会社に依頼したい、というケースが増えてきているのです。私としては前回の担当者本人が対応できなくても同じ会社に依頼した方が相談くらいはできるから良いですよ、と申し上げているのですが、大きな会社では同じ会社でもコミュニケーションが取れるというわけでもないらしいです。

 最近は大手さんも会社全体の方針として「分散から集中へ」という時代です。何でもかんでも力に物を言わせて手を出していた時代の反省から、自社ならではの得意分野・固有技術を事業の中核に置き、その周辺をしっかり固める、という方針に転換してきています。モノ作りが得意なメーカーさんは、そのモノの価値が高まり、利益が高まるようなソフトに開発力を集中させ、何でもかんでもソフトの仕事もやるというのは力の分散で無駄、という考えであったり、ソリューションビジネスの大手さんでも、どの分野でも手を出すのではなく、一つの分野でパッケージ化などを進め、差別化を明確にし、一人勝ちを目指すという方針です。同じことが個人でも言えるのではないでしょうか。実際私はWEBやDBの仕事はここ数年自分では直接は担当していません。そういう仕事は社内に得意なメンバーがいますので、彼らに任せた方がうまくいくのです。その代わり私はネットワーク関連や画像関連で、他のメンバーのところに相談が来た仕事にアドバイスをしたり、サンプルを提供したりします。長年得意分野をしっかり持て、という方針でやってきていますので、メンバー同士で、この分野は彼に相談しよう、という区分けが明確に出来ているのです。各メンバーは自分の得意分野を中心に仕事をしますので楽しいですし、効率も高いですから、他のメンバーから相談が来てもある程度余裕を作って対応できるのです。常駐の仕事ではこれが出来ません。持ち帰りの仕事でも毎回しっかりすばらしいものを提供してくれるという安心感をお客さんに持っていただけるような仕事を繰り返してきていることにより、このような仕事の仕方が出来ているのです。技術分野だけではありません。テストをやらせたら彼が最高、とか、デザイン関連は彼が上手い、新規のお客さんに上手くアピールできるのは彼が一番、などそれぞれ得意な分野があるのです。それらを上手く生かすからこそ組織の価値があると思っています。単に決まりきったことを手順どおりにやり遂げる仕事ならオフショアの方がコストが安い時代です。

 まあ、それでも人によってビジネスの考え方は違いますし、反論はあるでしょう。それはそれで良いのです。それこそがその人のこだわりですから。私は技術者一人一人が生き生きとやりがいを感じながら仕事をするのが目標ですし、そういう人たちがより活躍できるような会社にしなければなりませんし、そのためにもさらに仲間を集めて、より大きな力を組織として提供できるようにしていかねばならないと考えています。若手が自分の思い描いているビジネスをするためにはさらに若い人たちにたくさん集まってもらう必要がありますし、その若い人たちがまた次の思いを実現するために、さらに若い人たちに集まってもらう必要があります。組織は発展していかねば維持できないのです。人間が歳をとり考えていることがより高くなるからには組織もそのように成長していかなくては現状維持すら出来ません。その原動力となるのが、一人一人のこだわりだと考えています。誰だって、「君はあたりまえのことが普通に出来ているね」と言われるより、「この分野は君がいないと始まらないね」と言われたほうがうれしくありませんか?それが生きがいになり、やりがいになるのだと思っています。皆さんのこだわりは何でしょうか?せっかく一度の人生ですから、自分の思いを一つでも実現して、仮に実現できなかったとしてもやるだけやったと満足して、さらに次を目指していきたいですね。

2007.2.12

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from 2007/1/13