社会人の勉強

本業も忙しかったのですが、「C for Linux」の改訂版(まだ書名は知りませんが)の執筆がようやく一段落し、久しぶりに書く気になりました。改訂版とはいえ、すべての内容を見直し、ソースもかなり修正し、実質的に2ヶ月の契約で書き上げなければならなかったのですが、非常に辛い作業でした。時間が無かったのでかなりの作業は帰宅途中の特急電車の中となり、執筆用に購入したノートPCが大活躍して、なんとか間に合ったという感じです。改訂版というのはベースがあるので楽だと思われるかもしれませんが、実際はやる気を出すのが難しく、中途半端に手を加えると変になりますし、意外と大変なのです。

さて、執筆で辛い間に、本業のほうではさまざまなイベントがありました。このコーナーでも何度か登場している、WIDEプロジェクトの萩野純一郎さんと意気投合し、自社の技術顧問になっていく調整をしていましたが、こちらもほぼ決定といえる状態になりました。同時にWIDEプロジェクトへの参加もほぼ確定し、私と二人のメンバーで参加してみることになりました。私の勤務先は小さい会社ですし知名度が低いため、受託開発の仕事はともかく、製品販売などでは非常に辛いのです。日本人はブランド好みですので、無名の小さな会社の製品は見向きもされません。実際は大手メーカーさんの製品やサービスの中核部分に私やメンバーの開発したものが使われていたりするのですが。ブランドイメージUPにはさまざまな方法があると思いますが、その1つとしてWIDEや萩野さんとの連携でうまくアピールできればと考えています。

さらに、自社のプリント基板設計部隊の戦略面を強化するため、以前お客さんとしてお付き合いして以来、長く情報交換を続けさせていただいている稲川卓治さんをお招きする調整も大体目処がついてきました。稲川さんは勉強家で、理学部を卒業後、技術系の仕事をされていましたが、営業の経験もしたいと外資系の会社に転職し、営業技術のような仕事を担当しながら、さらに経済の大学院に通い、修士を取得されました。来年はさらに別の大学院に通うことになっています。英語の学習も英会話学校など3つを同時に行い、まさに寝る暇はあるのか?と思うくらいさまざまな勉強・努力を続けられています。自社のメンバーは技術系の志向が強いため、営業・企画が弱いのですが、そのあたりを支援していただく予定です。

社会人の勉強

さて、前置きが長くなりましたが、私自身、さまざまな方々から刺激を受けながらやる気を奮い立たせています。前述したお二人をはじめとし、お客さんにも勉強家・努力家は非常に多く、そういう方々は仕事も実に見事に進めています。その勉強というのはいったい何のため、あるいはどういうことを勉強しているのでしょうか。

私が社会人になったとき、勉強に関して非常に開放感を味わいました。それまでは学校のカリキュラムに従い、さまざまな勉強をせねばならなかった状態から、社会人になれば自分の好きな分野の勉強に集中できると考えたからです。私の場合はプログラマーとして社会人のスタートを切りましたので、プログラミング関連の勉強に集中して取り組みました。特に2年目のときに非常に優秀な後輩が入社してきましたので、ますます努力したものです。好きなことは言われなくても努力しますし、毎日プログラミングばかりしてますから腕もどんどん向上しました。しかし自分の実力が世間一般のどのレベルかがわからなかったので不安もありました。私の場合プログラミングといっても当時はプリント基板設計CADシステムの開発のみを行っていましたので、かなり狭い範囲だったのです。お客さんも基板関係・電子関係のお客さんばかりで、システムやプログラミングの話題はまずありませんでした。

CADの開発販売では儲けるのが難しいと判断した後、出向に行ったり、受託開発を始めました。自分たちの技術レベルは十分この業界で通用することを知りましたし、自分たちに足りない面、ドキュメントやマネージメントも仕事を通じて教わりました。個人的に興味があったネットワーク関連の仕事を特に選んで行い、ホームページで技術公開していたことをきっかけに著書も出版してきました。今でもネットワーク関連を中心に技術面での勉強も続けています。

しかし、それが社会人としての勉強に相当するのでしょうか?

自分の担当している仕事をこなすための勉強は、業務に必要な知識を身につけるのが目的ですから、それは勉強というより必然というようなものではないでしょうか。社会人としての勉強はプラスアルファ、自分を高めたり、周りの人たちに良い情報を発信するためであったり、幅広い人脈を形成するための常識を身に着けるためであったりするものだと思います。あるいは将来役に立てるためというのも勉強といえるでしょう。そのようなプラスアルファの勉強をどれだけ積み重ねているかが、ある年齢を超えた頃から大きな差になってくる気がします。

年齢が上がると共に自分自身の役割も変わってくる場合が多いものです。管理的な面、後輩の指導、体外的な調整、方針検討、判断力など、同じような仕事を続けていてもいつの間にか組織の中の役割が上がっていくのです。担当している仕事の知識だけでは太刀打ちできない部分が増えてくるのです。それに気がついてから勉強を始めても間に合いません。積み重ねてきた人にはかなわないのです。

最近はホームページやブログで自身の勉強していることを公開している方が増えてきました。とてもすばらしいことだと思います。先日たまたま見つけたブログで、私の著書をすばらしい解説で紹介してくださっているのを見つけ(少々褒めすぎですが)、お礼のコメントとメールのやり取りをさせていただきました。文章がすばらしく、情けないことに私の著書より説得力があります。

ブログ

Javaの解説もされています。

はじめMath! Javaでコンピュータ数学

工業高校の先生をされている方なのですが、自身の練習のために読書するたびに書評をブログに書いているのだそうです。批判だけの書評が多いものですが、その方は学校の先生でもありますので、どんな本にも良い点はある、悪い点を書いたらよい点も書かねばならないとおっしゃってました。教育においても学生さんの光る部分を見つけ、伸ばしてあげられるかどうかが大切であると。学校と企業では違う部分も多いものの、入社後伸び悩み去っていったメンバーは自身の問題もあると同時に使う側・指導する側の問題もあるということを改めて考えさせられました。利益優先で人材を物のように時間単価で売買することではなく、やはり一人ひとりがやりがいを感じながら活き活きと仕事に取り組めるような会社にしたいものです。

さて、社会人としての勉強には決まりはありません。英会話・経営の勉強・会話術・漢字の勉強などから、読書・歴史の勉強までさまざまです。資格を取得するだけが勉強ではありませんし、何かひとつやればいいというものでもないのだと思います。雑学も大切な知識です。仕事の基本はコミュニケーションという話題は以前も書きましたが、業務に関する話しかできないようでは良好なコミュニケーションはできません。また、新しい発想は大抵雑談から生まれる、という意見も多くあります。業務に追われるだけでなく、さまざまなことに興味を持ち、ゆとりある懐の深い人になれれば、仕事も自然とうまくいくのではないかと思います。

本書はおかげさまで多くの方にご購読いただき、6刷が先日手元に届きました。本当にありがとうございます。

2007.10.30

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from 2007/1/13